【官製風評 処理水海洋放出】政府が風評作る恐れ 県漁連との約束反故にするな

2021/04/09 13:32

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 東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水を巡り、菅義偉首相は国民の理解を得ぬまま、海洋放出の方向性を示した。再び県民が風評被害、偏見、差別にさらされる恐れがある。政府は有効な手だてを講じてこなかったばかりか、新たな風評を自ら作り出そうとしている。まさに「官製風評」と言える。処理水を巡る風評の行方を追い、政府の姿勢を問い直す。

 「関係者の理解なしには(処理水に関する)いかなる処分も行いません」

 政府が二〇一五(平成二十七)年八月、県漁連と交わした約束だ。福島第一原発の原子炉建屋周辺のサブドレン(井戸)から地下水をくみ上げ、浄化後に海洋放出する計画を実施する際、県漁連が「漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わないこと」と求めたのに対し、政府が回答した。

 にもかかわらず、政府は十三日にも開く関係閣僚会議で、処理水の処分方法を海洋放出と決定する方向で最終調整している。国民の理解を得ないままの処分は、新たな風評を引き起こすと懸念されている。農林水産業をはじめ県内全体への影響は必至だ。

 特に沿岸漁業は風評の影響を色濃く受けると想定される。試験操業を終え、本格操業へ向けた移行期間に入ったばかりで、漁業関係者らの間で動揺と憤りが広がっている。いわき市漁協所属の漁師・富岡一彦さん(88)は「海に処理水が流されたら風評が強まり、魚が売れなくなってしまうかもしれない。そうなったら国や東電はどう責任を取ってくれるんだ」と語気を強める。

 七日に菅義偉首相と官邸で面会した全国漁業協同組合連合会(全漁連)の岸宏会長は漁業者の総意として「(海洋放出に)反対の考えはいささかも変わるものではない」と強調。野崎哲県漁連会長も断固反対の立場をあらためて表明した。二〇一五年の約束にある「関係者の理解」とはほど遠い状況にある。

 それでも、菅首相は処分方針決定を断行する考えを周囲に伝えているという。漁業者を無視するような形で処分を強行すれば、県漁連との約束が反故(ほご)にされ、政権に対する信頼が失墜する可能性もある。

 一方、東京電力は処理水を海洋放出する場合には原子炉等規制法で定めた環境放出基準値の四十分の一未満(トリチウム濃度一リットル当たり一五〇〇ベクレル未満)に海水で薄めて流す処分手順案を示している。サブドレンからくみ上げた地下水を海洋放出している実績のある濃度と同じ基準に設定することで安全性を印象付ける狙いがある。

 ただ、紙一枚で遮られるトリチウムの放射線の弱さ、国内外の原発でトリチウムが海洋放出されている実態など科学的な安全性に関する国民的な理解は深まっていないのが現状。処理水の処分方法を議論した政府小委員会の委員を務めた森田貴己氏(水産研究・教育機構放射能調査グループ主幹研究員)は「政府が海洋放出という自らの行為によって風評を作り出すようなものだ」とくぎを刺し、慎重な対応を求めている。



■県漁連が処理水について政府と東京電力に求めた要望と回答の内容 (2015年8月)


【県漁連の要望】

 建屋内の水は多核種除去設備などで処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わないこと

【政府の回答】

 建屋内の汚染水を多核種除去設備で処理した後に残るトリチウムを含む水については、現在、汚染水処理対策委員会に設置したトリチウム水タスクフォースの下で、専門家により、その取り扱いに係るさまざまな技術的な選択肢、効果などを検証しています。検証結果については、まず、漁業関係者を含む関係者への丁寧な説明など必要な取り組みを行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行いません

【東電の回答】

 建屋内の汚染水を多核種除去設備で処理した後に残るトリチウムを含む水については、現在、国(汚染水処理対策委員会トリチウム水タスクフォース)において、その取り扱いに係るさまざまな技術的な選択肢、および効果などが検証されております。また、トリチウム分離技術の実証試験も実施中です。

 検証などの結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明など必要な取り組みを行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留いたします